老人の主張 4
                 
                 ななえせいじ

 
私ことでありますが軽い脳梗塞で10日間ほど入院しました。
 人生80年もやっておりますとこういうことも有るのだと悟りました。コロナで医療逼迫の折とあって世間に申し訳ないと思いました。しかし私なりに収穫もありました。医療現場で働く人達のたゆみない働きと優しさに接し、ある意味幸せでありました。これまで見たこともない医療という労働の世界で健気に働く真摯な人たちが輝いて見えたのです。この現場で働く人達の思いやりに接し病気に無縁だった自分の強がりが滑稽でさえありました。このわずかな入院生活の内にかつての自分でない自分に調教されていたのであります。私は患者でありながら決して顧客ではありません。入院患者の中にはこの辺の区別がつかない人もいるようであります。
 年かさが同じくらいの老人が隣室に入院しておりました。耳が遠いのか同じことを何度もいわせる、家庭の不満まで看護士にぶちまける、何がないだの何の位置が違うだのと我儘な人でありました。ところが病気が快復に向かうにつれ人間性も変わってきたのです。私が退院する頃はすっかり調教されて「ありがとう」が素直に言えるようになっておりました。重度の肺炎で担がれて入院したこの老人は酸素ボンベを傍らに不自由しておりましたがいつの間にか一人で用が足せるようになっておりました。きっと彼の人生で屈辱的であっただろう下の世話に「ありがとう」が素直に言えるようになっていたのです。病院って病気を治すだけじゃない、社会生活の基本まで教えてくれる施設なのだと思いました。そういえば入院する際、娘が言いました。「看護婦さんの言うことは素直に聴いてよね」と。

 
ところでどうして入院したのかって?
 茶道淡交会主催の夏期講演を聴くため炎天下を歩きました。一昨年あたりから会場が変わりかなりの距離を歩いて行きました。その日は確かに朝から体調がよろしくありません。これが負荷になったのか会場の門前で足がもつれ崩れ落ち頭を打ちました。運よく交通整理をしていたガードマンに扶けられました。足のもつれも幾分和らぎそのまま講演を聴いたのであります。講師は京都の老舗ちまき司「川端道喜」の社長川端知嘉子氏。同店についてはnetなどで調べていただくとして、とにかく同社は応仁の乱時代から続く老舗であります。500年の業態をどうして維持できたか。その家訓に現代の経営者が陥りがちな儲け主義経営に警鐘を鳴らす玉条がありました。同社9代が残した「起請文」であります。ここに掲げましたので参考にしてください。
 「正直なるべきは無論のこと、表には稼業大切に内心には欲張らず、品を吟味して乱造せざること」

晴れて退院出来ました。時あたかも第二次岸田内閣発足の日でありました。疑惑にまみれ何一つすっきりしない内閣の発足であります。そこで老人は主張いたします。
正直なることむろんのこと、内心に欲張らず表には国会議員であること忘れずに品格を吟味して活動していただきますように。
                    
         2022年8月15日  
生々文庫目次に戻る
最初のページに戻る