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『ホームにて』

                                   
服部清人

 田舎町の駅のホームにも小さなドラマはある。これはそんなエピソード。

 中学を卒業したばかりのどこか幼さを残した、それでいて体格だけはビッグな
少年。詰襟のボタンもはちきれそうに肩からショルダーバッグを下げている。右手
には漫画、左手には風呂敷に包んだ弁当。
「新幹線に乗ってから食べるんだよ」
とすでに涙声の母親から手渡されていた。どうもこのビッグ君、相撲部屋に入門
するために状況するところらしい。そういえば二、三日前の新聞の地方版で、
“がんばれ○○君”とかいった調子で、彼の顔写真が掲載されていた。
「つらくなったら帰って来い」
うしろから声をかけたのは祖母だろう。
「駄目よ、そんなこと言ったら、せっかくの決心がにぶるじゃない」
妹とおぼしき少女がたしなめる。見ると少し離れたところに父親らしき男が煙草
を吸いながらもじもじとしている。
「お父さん、なにしてるの!電車が来ましたよ!」
その声にせかされて、父親もやっと近づいてきた。到着した電車にそそくさと乗
り込んだビッグ君の前の席に場所をしめた私は彼の様子を正面から覗き込むこ
とができた。車窓の向こうで母親が開けて、と合図する。ビッグ君は照れがある
のか、面倒くさそうに少しだけ窓を開け、すぐに漫画を読み出した。しかし、ペー
ジは一向に進まない。出発までのわずかな待ち時間がゆっくりと流れて行く。
切符はちゃんと持っているか。ついたら電話しろ。ちゃんと挨拶するんだぞ。
と、昨晩から何度も口にしただろう言葉を母親が繰り返す。そのたびにビッグく
んは漫画に目を落としながらも背中を丸めて頷いていた。
 
 やがて発車を告げるベルが鳴った。母親と祖母がかわるがわる車窓の隙間か
らビッグ君の肩に手を伸ばす。
「お父ちゃん、何してるの、いっちゃうよ」
妹の声にせかされ、父親がやっと窓際までやって来た。少しずつ電車は動き出
す。その速度に合わせて家族も皆走り出した。ビッグ君も初めて顔を上げ、家族
に手を振る。その時、それまで黙っていた父親が電車の乗客全員に聞こえるよう
な大声で叫んだ。
「マケルナ マサオ!」
ビッグ君は小さな目から大粒の涙をこぼしながら、先程よりももっと大きく頷いて
いた。 
                                           了 
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