当ページの写真作品の著作権は、全て、写真家「塚本伸爾」に帰属します。 個人、団体問わず、サイトや印刷物などに無断で転載利用することを禁止致します。 |
熱したフライパンのような小学校の校庭にはかげろうがたちのぼっていた。夏休みが始まったばかりの学校はいつもの活気がなく、違った表情で三人の少年を迎え入れた。
「遅かったじゃないか、おいて行こうかと思ったぞ」
三人の中では一番背の高いリーダー格の一夫が言った。
「ごめん、かあちゃんが宿題やってからでないと遊びにいっちゃいけないっていうからさぁ」
遅れてきた孝司が言い訳をした。
「ほんとに行くの?」
心細そうに聞いたのは真二だった。
新しくできたばかりのプールの横で待ち合わせた三人は、その日家出を敢行しようとしていた。夏休みの四十日間を三人は野球だけをやって過ごそうと考えていたが、終業式の日、その計画は大幅に軌道修正を余儀なくされた。三人そろってクラスメートである直美に淡い想いを抱いていたのに、彼女の「私は山本君が好き!」の一言が、彼らの純情を木端微塵に打ち砕いたのである。それは不意に飛んできた流れ矢のようなものだったが、見事に三人の心臓をつき抜けた。それまで三人はお互いの感情を確かめ合って以来、同盟関係を結んで、「抜けがけはゆるさない」「三人で直美を守っていくんだ」「だから野球に打ち込もう」つまり、一緒に野球をしている限り、お互いを監視できる訳で、そんな不埒な理由から、長い夏休みをグランドで泥にまみれて過ごそうと決めていたのだった。
しかし、直美はそんな一夫たちの決意を知ってか知らずか、無邪気に学級委員を勤める山本のことを「好き!」と広言したので、三人は戦わずして、そろって討ち死にする破目となった。
それで、野球はやめて、家出にしたのだった。傷心旅行なんて洒落た言葉など知る由もなく、ただの思いつきに過ぎなかったが、そうと決めた瞬間から、三人の胸中に不安と期待が混じった感情が沸いてきて、「この気持ちは何だろう」と、興奮を覚えた。彼らはどこへでも行くことができた。厖大な時間とどこまでも続く道が目の前にあった。それまでは町の小さな小学校が、彼らにとっての世界のすべてだった。それが、予期せぬ形で扉が開き、向う側の景色が見え出したのだ。
「僕たちはどこへでも行けるんだ」
一夫が言った。
「あっ、あれ!見て見て!今、キラッと何か光ったよ」
孝司が青い空を指さした。
「太陽がまぶしくて、何も見えないよ」
真二が額に手をかざして言った。
1969年7月20日のことだ。その日、地球から見て月の裏側に位置する軌道上で月面着陸船イーグルは指令船コロンビアから切り離され、ニール・アームストロングとエドウィン・バズ・オルドリンの二人の乗組員が、人類で初めて月面に降り立った。アポロ11号は1960年代の終わりまでに人類を月に着陸させるというジョン・F・ケネディ大統領の言葉を実現させたのである。
了
一滴閑話目次に戻る
トップページに戻る