老いぼれ探偵の街角ウオッチ_5 
     
            確実性の時代から不透明の時代へ

                                                    ななえせいじ
 
 ちょっと前だったと思います。一流大学出の秀才が、今社会は不寛容であると嘆いて大手会社を辞め自ら起業したというような話がありました。
 それは紛れもなく今に続いているように思います。つまり不寛容な組織は抹殺されていくでありましょう。
 この世にある限り人は、競争社会を学歴とかの有利な属性の下に無難に生きていける時代は終わりました。人間性、人間愛が加わってこそ人間的に成長し真の実力者として人の上に立てる人間になれるのだとその秀才は思ったようであります。 
 社会に役立つ人間とは、その人間性が活かされる時であります。それが製造物とかの物であるなら理にかなった仕上がりになるというものです。これからの社会は間違いなく、例えばAIが組み込まれた製品は人間性を帯びた物へと進化していくでありましょう。
 1977年だったと思います。ハーバート大学の経済学者ガルブレイスは「不確実性の時代」という本を著しました。この本は日本でもベストセラーになり経済用語として当時流行しサラリーマンの日常会話にも良く使われました。学問音痴の人は、なぜガルブレイスは不確実といったのか良く理解できませんでしたが、「綿密な数学的理論値を計算する基礎がなかったため」というケインズの理論から将来を左右する人間の決意は「自生的な楽観に依存する」というものであるというように解説されると変に納得してしまうのであります。
 今回のウイルス騒動に対する政府の対応の仕方は、自生的な楽観論に依存していたのではないか、と思ってしまいます。40年前の不確実性は過去へといざない、今では予測を超えた不寛容とリスクを伴った不透明社会を誘発し、社会を恐怖に陥れているのであります。これからの世はもっと厳しく時代を見据え、予測もつかない「不透明時代」がやって来るのだと予告しているようなものであります。
 学問的裏付けはともかく、間違いなくこの世は楽観的予測では耐えられません。前途にはだかるものは不寛容であり、かつ「不透明なのだ」と考えるべきであります。
 働き方改革が叫ばれているこの時、このウイルス騒動で企業は、働き方に思い切った手を打ち始めました。その一つが「テレワーク」。一昔前はそんな不確実なものに積極的になれなかったはずです。この騒動で考え方として定着しそうなのであります。やがて制度化されるでありましょう。となりますと世の中どう変化していくものか見ものであります。費用対効果で業績に悪影響が少ないとみれば、サラリーマンの通勤地獄は緩和され、広いオフィスも必要なく、テレビ会議が限りなく通常業務に近づけば自宅がそのままオフィスとなり、企業への帰属意識も薄くなり、しいては全社員が個人事業主の感覚になるでありましょう。 
 ウイルス騒動で判ったことは、疫病のような不透明な侵略事象に対しては既存の判断では十分な対応が出来なかったということであります。つまり経験に基づくリスク管理能力では不十分ということであります。ある学者は「イノベーションは不確実の格差が少ない時である」とかつての高度経済社会を分析しておりますが、不透明社会のこれからは既存の尺度では測れないと、新型ウイルス騒動は教えてくれたのであります。
                       
                  2020年2月25日
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