老いぼれ探偵の街角ウオッチ 
     
               悪い夢をみました

                                                    ななえせいじ
 
 悪い夢をみました。孫息子が召集されじいじいにしがみついて離れない別れの時の夢であります。正直うなされ疲れました。
 というのはこの騒動に乗じて緊急事態条項の創設を憲法に盛り込もうかという意見が政治家に相次いでいると新聞で読んだことで、一気にこの悪夢に繋がったようです。
 世界中に拡散し続ける新型ウイスル感染。本当に戦争が始まれば、この程度で収まらないでしょう。恐ろしい化学兵器だって使われるかもしれない。
 さしあたって心配なのは目前に迫った東京オリンピックであります。かつて1940年、東京オリンピックは太平洋戦争目前にして中止になりました。後期高齢者ならどなたもご存じでありましょう。またぞろ、性格は違うとはいえ中国とかの大国が参加を見合わせるような最悪の事態を予想してしまうのであります。実は当初から、東京オリンピックを受け入れた日本国政府の判断に疑問がありました。国の財政事情やら貧富の格差拡大の国情を慮ってのことで、貧乏サラリーマンの家庭に育ったが故なのか、自分の懐具合と国と連動して考えてしまうのであります。(心配ご無用ですか)
 憲法改憲論議に話を戻します。変な先例が江戸時代にあります。天下の悪法といわれたかの「生類憐みの令」であります。これ実際に悪法であったかどうか、当時の将軍綱吉の心中を覗いてみますと、法は法としてよりも実際に運用した取り巻きがどんなであったかに行き着くのであります。「悪法も法なり」とは言いますが、この令を発布した綱吉は、世にいわれるほどの暗愚ではなかったらしいのです。当時横行した捨て子やはやり病に対する緊急措置にまず目的を置いていた。「人々が仁心を育むように」をモットーとした綱吉の儒教心からこの令は制定された。当時の世相は、高齢者は医者にも罹れないほど貧乏していたし、捨てられる運命の子供が沢山いた。こうした事態を救う対策としてこの令が発布されたらしいのです。これがなぜ悪法になったか。悪法も法なれどもつまるところは運用次第であるという事であります。
 せっかくの戦争放棄の平和憲法をきなくさい世界情勢下にわざわざ変えようとする意図が判らない。将軍綱吉時代にまでさかのぼって考えを巡らすことはありますまいが、いかに崇高な法令も人間を超越して犬を「お犬様」にしてしまうような運用のされ方は無力な国民はなすすべを無くしてしまうでありましょう。
 今回の新型ウイルス感染は、現憲法下では感染拡大を防ぐに限界があるので憲法にその措置を盛り込もうというのですから、「法律違反はしていない」と国会で答弁する昨今の政治家の姿勢は、仁心・理性をないがしろに法の文言にばかり重きを置く政治判断そのものに問題があるのではなかろうか。ここに至って、それが巧妙、悪質とみられるだけでも政治家の印象は悪くなるばかりであります。
 法は解釈運用次第で悪にも善にもなる、昔も今も変わりないのである。。
                       
                  2020年2月11日
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