日本、今は昔ばなし25
                 若いのに、今君たちは戦前に生きている
                                                    ななえせいじ

 その国の国情を判断するには警察官の在りようを観察すれば分かるというものであります。最近の事件で派出所を襲ったというのがありました。上司のパワハラを恨んで撃ち殺したという事件もありました。そうかと思うと、DV被害やストーカー被害を警察に相談しても真剣に取り合ってくれなかったといった話も聞かれます。冤罪事件がある一方で未解決事件も多数あります。警察は身を挺して国民を庇ってくれる頼もしい存在であるはずが、この頃では関わりたくないといった国民感情が大勢を占めつつあるようです。警察は国民の保護者であらねばならないのにその役割が劣化しているように思うのです。
 私たち中高年は、子どものころお巡りさんを尊敬し、とくに交番のお巡りさんには畏敬の念がありました。親はこうした社会通念を利用し言うことを聞かない子には「お巡りさんにいいつけますよ」となだめたものであります。
 この頃の事件は私たち中高年にはとても考えられないことばかりです。これは同時に急速な世情の移り変わりを意味するものであります。簡略に言えば、戦後の民主主義、言論の自由は高度経済成長期を経て解釈を履き違えて「ポリ公なんか」といった警察権威を軽視する風潮を招いたからなのでしょう。今日の個人主義的権利意識の増長は子供への虐待事件にも、又職場の人間関係にも表れております。これが市民生活の例えば自動車運転走行中にも権利意識の行き過ぎと思える事例が目に付きます。今が過度期かどうか、自由と法的制約とがせめぎあっているように思えるのです。
 警察官は国家権力の最前線にいる象徴的存在。ゆえにお巡りさんの言動に威圧を感じ普段でも批判的感情を抱く意識が国民の間に増えているように思います。それがたまたま、例えば失業とかの自分の不幸と重なったためにそのことを国のせいにして逆恨みするというような事件さえおこっています。秋葉原殺傷事件はこの範疇にあるのではなかろうか。事件は世情の裏返しでもあるのです。この頃、警察官と名乗る男の窃盗、詐欺、脅迫、たかりといった事件が高齢化社会に付け込んでいるのも警察官の威厳が損なわれつつあることの証でありましょう。このように国民は安心・安全であるはずの警察官から心離れしていっているように思います。

 日本、今は昔ばなし。我が国では警察国家といわれた時代がありました。警察が国家権力を背景に国の方向と少しでも違った思想、集会、運動といった市民活動を厳しく取り締まったという過去がありました。第2次大戦前の緊迫した状況下に国の方針に逆らうものは容赦なく取り締まった暗い過去が確かにあったのです。憲兵という特殊組織に取り締まりの権限を付与してその任に当たらせました。
 例えば、五・一五事件(1932)、二・二六事件(1936)が起こった時代背景を考えてみましょう。当時の日本は議会制民主主義が根付き始めたころであります。言い換えれば天皇制であっても天皇の取り巻き政治でありますから不満分子が絶対主義と民主主義の二派に分かれせめぎあっていたように思います。折しも世界恐慌(1929)の煽りで企業倒産が多発し社会不安が増していた時代であります。そして昭和15年(1940)、日本経済は戦争準備のために復活し「紀元は二千六百年」という歌まで流行し好景気に沸きました。
 21世紀の今、世界の人間が進化しているにもかかわらず、地球上のあちこちで独裁国家が出現し無茶な政治手法で国民を苦しめております。その報道を見るにつけ日本人でよかったと思うのであります。

 今国会は平成最後の会期中であります。政府は都合の良い数字を持ち出してアベノニクス効果を自慢しておりますが実態はどうなのでしょうか。正直、実感がわきません。オリンピックの準備景気でしばらくは好景気を演出したとしても、所詮は表面糊塗のごまかしに過ぎず、消費税も上がることですから「おもしろうてやがて哀しき」になりはしないかオリンピック後が不安なのであります。戦前のあの頃に似てはいないかと思えなくもないのです。故に日本の行く末を左右する今が大事な時と思うのであります。
 平和が長く続いたせいなのか、国民の心にいびつ感が出てきました。長寿社会に生きる人たちの心の在りようにも変化が生じます。まず世代間の格差、男女の格差、年金を含めた所得の格差、職場での待遇の格差、業種による企業間格差、これらを総合して貧富の格差となって現れております。これを憂えてか、私とほぼ同世代の著名な映画監督は若者に呼びかけました。「君たちは今、戦前に生きている」と。
 戦争を知らない若者たちを見ているとこの謎かけの“こころ”が解けた気がいたします。
                                            2019年2月5日
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