日本、今は昔ばなし22
                      真面目に生きるってどういうこと?
                                                    ななえせいじ

 じろうが今の時代に就業していたなら完全に落ちこぼれか、さもなければニートになっていたでしょう。よくもまあ、受け入れてくれた職場があったものだと感謝しております。一流大学を出て、有名企業に就職、これが人生勝ち残りの条件としたならばじろうははじめから選外であります。そこは高度経済成長の良き時代があったからこそ救われたのです。あの時代は誰にも活躍できるチャンスを与えてくれたのです。お陰でじろうは妻帯し、子どもも出来ました。
 じろうの生に対する姿勢は、真面目、純粋、裏切らない、能率悪くて不器用であっても自分なりに全力を尽くす。もちろん打算はない。
 日本、今は昔ばなし。じろうは大阪から中部圏のある都市に転勤したのは1995年2月。バブル経済の破綻がまだ続いていました。この市でも例外ではありません。この地の二つの有名企業、噂を聞いて週刊誌が執拗に追っかけております。
 じろうはここで調査員として適格な判断を下す必要に迫られました。ひるまず忌憚なく意見を述べました。仮にA社、B社としましょう。噂のA社は散々な言われ方で今にもつぶれるだろうとした中傷に困惑していたのです。じろうはA社の財務をつぶさに分析しました。業界からの聞き取り、部下の担当者からも聞き取りました。その結果、絶対大丈夫との判断を下したのです。25年後の現在もしゃんと現存しているのであります。ところが一方のB社は間もなく自己破産いたしました。現在は跡形もありません。
 信用判断はそれほど難しいものではありません。噂の真相をまず突き止めること。まずB社が噂の発信源ではないかと疑ってみます。次にA社に行ってみます。さすれば社内の雰囲気がまるで違うことに気づくでしょう。自信があるA社はB社のことは一言も出さないのにB社はA社のことを噂に便乗してうまく言いまわすのです。マッチポンプとはこのことであります。次に顧客筋にも当たってみると意外なことが分かりました。支払い条件が業界の慣習を逸脱している。着手金、中間金、完成時金と3分の1ずつであるはずが、なんと3分の2を先払いさせていたのです。B社は火の車状態だったのではないかと推測できます。後にこのことが詐欺で訴えられます。
 信用は積むものであってつくるものではないということ。信用を積むということは、事に当たって真面目、正直、純粋以外にありません。

 今は、昔ばなし。1970年代、じろうがまだ駆け出しのころであります。難しい依頼が入りました。口うるさいクライアントに閉口していた上司はこの仕事を誰に任せようか迷っていたようです。そこで思いついたのがじろう。「大口顧客じゃないからあいつにやらせよう」「もともとどじっぽいし、手に負えなくなって投げ出すだろうから、その時は辞めさせましたで納得してくれるだろう」これ本当の話? 後に上司から今だから話すと打ち明けられた時、悪気がなかったというものの会社とはこういうものかと、じろうは嘆きました。
で、どうなったか? 調査は現地現認、足しげく通うよりほかありません。この場合、はじめ社長らしき人に怒鳴られました。相手が怒鳴るということは弱点の裏返しであります。2回目 でこの会社の弱点が分かったのです。まずは事務員が多すぎはしないかということ。社長がじろうの目の前でふんぞりかえり若い事務員とはしゃいでいる。これは大いなるマイナス情報。じろうは顧客でないかもしれないが、顧客になる可能性もある。無視したうえに乱暴に「邪魔だから、出ていってくれ」と横柄な態度。取り付く島を無くしていると、目の前の電話が鳴り社長が出た。内容は株の話らしい。後で関係者の話から本業よりも株に熱心と分かった。一つ分かると芋づる式に明らかになってくるのが調査の醍醐味である。ついに粉飾決算で銀行を騙していたという決定的な弱点が分かった。行き詰まる企業の共通のパターンである。
 売り上げやら、利益だのの肝心な数字の細かな部分が分からない報告書になってしまったので、お叱りを覚悟していた上司は、むしろクライアントの方から分かりやすくて良かったとお礼を受けたのである。文字数より中味、肝心なのは的確な判断材料があるかないかで報告書の善し悪しが決まる。
 じろうは首にならず、やがて花形部門に配置換えになります。
 無能な人間は、真面目、正直、純粋に生きれば救われるとじろうは信じている。

                       
                 2018年12月22日
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