日本、今は昔ばなし14 
    
                    君は昔の君ならず
                                                    ななえせいじ

 私は平成2年から8年まで大阪におりました。そのころバブル経済は音をたてて崩壊したのであります。
 当時は土地の価格がべらぼうに高騰いたしました。銀行融資が不動産融資に特化したからです。過大融資を抑制するために銀行の自己資本比率8%以上というBIS規制がしかれました。加えて総量規制の行政指導であります。住宅専門の金融会社、ノンバンクが幅を利かせたのであります。驚いたのは、下町の中小企業を得意とする信用組合までが傘下にノンバンクを設立して銀行顔負けの不動産などの投機事業に融資を行ったのであります。平成7年(1995)8月30日、ついに信用組合が負債1兆円というとてつもない規模で経営破綻いたしました。この時は、預金は全額保護されましたが抵当証券は除かれました。ペイオフ制度が施行されたのはこの後であります。
 バブル経済は人間の心まで変えてしまいました。額に汗して働くという労働の美徳を忘れさせてしまいました。代わりに頭脳労働という名のホワイトカラーを生みました。国民は皆中流家庭になったのであります。

 日本、今は昔ばなし。こんな信じがたい話がバブル期に大阪にありました。有名な料亭の女将が霊媒師を名乗り自分の名前を冠した会を組織、特別な縁故のビジネスマンを囲い、「この銘柄は上がるか?」「売り時は?買い時は?」とかの占い相談に真面目な顔で乗っていたというのです。占いのシンボルはガマガエルの石像でありました。女将のお告げ欲しさにビジネスマンが列をなして群がったのですからね。しかしバブルは崩壊し、女将は詐欺で捕まってしまうのでありますが、当時はマスコミまでが女将の取材に奔走し、スクープを狙ってこの得体の知れない霊媒師を追っかけたのであります。
 マスコミは私のところへもやってきました。バブル崩壊という外的要因と情報は集まりやすいところに集まるという社会的習性に助けられてこの種の対応を乗り切りました。バブル経済とはいったい何なのかを勉強をしておりませんから、マスコミの取材攻勢が今もって不思議に思うのであります。以来、私は会社と自分を精神的に分離した位置に置くようにこころがけました。
 多くのサラリーマンは名刺の威力を知っておりますから、身についた会社人間を捨てることは出来ません。自分を浄化することはできません。それが普通であります。しかし、悲しいかな、会社をはなれればただの人と定年になって気づかされるのであります。

 うだるような暑さの8月29日、私は用事があって大阪に行きました。その折、当時社会人になったばかりであった仲間の一人に会う機会を得ました。
 その彼との会話は弾みました。だいたい次のようでありました。
「Nさんね、弁護士になったのはご存知ですよね、大阪で小さな事務所を開いてやってますよ」「流行ってるのかね?」「それがね、勤めておった時の方が良かったっていってました」「それじゃFくんは?」「あぁ、本社の部長なりました。けど昨年亡くなりました」「現役でしょう?」「えぇ、まだ5~6年あったと思います」「わたしの後任のYさんは?」「今は本社にいますが、軽い脳溢血でリハビリ中ってことです」「わたしが課長に推薦したDくんは?」「酒呑みでしたからね、早くに亡くなりました」「もう一人のFくんは?」「会社を辞めて営業マンやってるそうです。最近偶然あって分かったんです」「ではMちゃんは?」「あぁ、あの娘ね、結婚して、離婚して、明るい性格ですから、落ち込んでいられないって頑張ってるようですよ」「おばさんは?」「ええ、ずーと独身を通して、定年後も働き、昨年だったかな、65才でやめました」「そうか、女の人も65才までいけるんだ。あの頃は35才くらいだったよね。原稿を見てもらっていたからね。感謝してるよ。ところで君は?いくつだっけ?」「51歳になりました。ぼつぼつです」「役職についてるんだろう?」「課長補佐です。あるがままです」「そうか、それがいい。要らぬ競争心を持つと疲れるよね」「はい、わかります」
 彼は私が言わんとしたことを理解したようだ。「ななえさんは変わりませんね、今度見えるときは前もってご連絡ください。お会いできてうれしかったです。あの頃が一番楽しかったです」
 
 30年経ちますと世の中のキーワードも変わってきました。一方で、新しいキーワードが生まれます。「異次元の金融緩和」。この頃見かける銀行の合併はこの政策の結果なのでしょう。銀行は昔の銀行にあらず、株式も売るが国債も信託も保険も売ります。VIP室を設けて顧客を囲い差別化し、なにかにつけて手続きは複雑、さも高齢化社会を保護するかのように装いながらその実はマイナンバー制度で監視し、預金を降ろしにくくしているのです。口座凍結3か月もそれ。だからしてタンス預金が増えるわけですよね。同時に世の中、キャッシュレスの時代にあります。買い物はもちろん、電車に乗るにも現金不要であります。先進スーパーでは籠に物を入れるだけで同時に会計、レジに並ぶ必要がない。日常生活はスマートフォン中心、連絡はメール、人と会話なしで過ごせる世の中になっていきます。なんとも味気ないのであります。この分では預金を通帳に残したまま孤独死していく老人が増えていくでありましょう。 異次元の「監視社会」時代が来るのであります。狙いがここにあった?まさかとは思うが、とにかく国の借金1000兆円超えですからね。

                       
                  2018年9月7日
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