『諷意茶譚 番外編 陽春の金沢 茶会の旅』
                                                    ななえせいじ

 茶の湯を趣味として50有余年になるが、極めるまでが程遠いものの茶会に出るのは数寄である。このほど淡交カルチャー主催の金沢究極の旅・陽春の特別茶会に参加させてもらった。
 新幹線が開通したこともあって金沢は平日でも賑わっていた。時間に遅れてならないとタクシーをとばしたが渋滞による信号待ちが結構ありやきもきした。
 まず濃茶席は大樋焼10代長左エ門(現陶冶斎・文化勲章受章)さんが席主をつとめられた。旧中村邸(市立中村記念美術館)2階広間にて席主陶冶斎の次男・現裏千家業躰奈良さんのお点前ではじまった。私は一番見やすい位置に座って完璧なお点前をとくと拝見できた。このうれしさとともに茶の湯の醍醐味を味わうことができた。季節は3月下旬で本来ならば炉であるが、この日は薄茶席が炉の釣り釜で行われるとあって濃茶席は風炉の趣向で行われた。大樋5代造の風炉に5代寒雉造の雲龍釜がのせられた。3月4月の茶会はこのように2席を取り合わせることで変化を持たせる工夫がなされるのが常である。
 よわい90歳の陶冶斎は畳に座るには難儀らしく腰掛にて終始にこやかに席中を説明された。頭はしっかりしており時にユーモアをまじえながら全国の淡交会青年部の代表男女合わせて10人をはじめ、栃木県や東京、名古屋、宮崎などから参加した30人を相手に当意即妙に応対されておられた。
 濃茶は上林詰めで銘爽明の昔。2碗まで奈良さんが練られた。したがって私は点てだしを頂いたが上手の手になるものらしくこれが濃茶なのだという馥郁を久しぶりに味わった気がする。その上、妙齢の女性からの手渡しなので若返った気がする。濃茶はいかにも濃かったので、末席の私は男らしく音を立てて吸い切ったら「わたしいただきすぎちゃたかしら」とはにかんでおられた。
 主茶碗は初代長左衛門作飴釉、銘雲井の庭、六閑斎箱、鵬雲斎外箱。茶杓は仙叟作、銘無事、認徳斎箱。
 前田家と裏千家の縁はこの二つの道具だけでも深いということがわかる。大樋焼は仙叟宗室が前田家に茶道奉行として赴いた時に京都から楽焼4
代一入の一番弟子であった長左衛門を伴って窯を築かせたのが始まりという。飴釉は大樋焼の特徴である。現11代長左衛門さんの説明によれば鉄分の酸化還元作用による発色で焼成には赤松が用いられるそうだ。しかも一碗ずつ。街中では消防上の規制があるため、今では熊が出没するほどの郊外に移転している。
 前後になったが、床の掛け軸は前田家五代藩主綱紀候筆「登楼萬里春」。
 ほかの道具について追記すると、高炉、香合、灰器に至るまで大樋焼一色である。初代、4代、5代、8代などである。
 昼食は濃茶席からバスで移動した。金沢きっての老舗料亭つば甚の松華堂弁当。女将の説明によると、稼業はもともと前田家お抱えの刀のつばを造っていたが外様大名に対する幕府の目が厳しかったため料理屋を表稼業にし、つばは裏稼業であったという。言ってみれば、つば甚という屋号はなこその屋号ということか。給仕に働く若い人たちは女将の指導がいいのだろう、男は袴姿で女は着物で手際よく捌いていた。きっとお茶の心得もあるのだろう。
 さて薄茶席の大樋美術館へは再びバスで向かった。このバスというのは昨年1月に11代を襲名した長左衛門さんがデザインしたのだという。当代は茶碗づくり以外のこうしたアートの仕事は別名(年雄?)で請けているらしい。金沢駅の陶壁もその一つという。 
 さて薄茶席は当代の美しい奥様がお点前された。
 まず床の掛け軸は当代の機縁の人たちが寄せづくりした糸桜歌軸である。発句がすでに亡くなられておられるが現裏千家の家元の実弟伊住宗晃さん、第三句が黛まどかさん、絵が千住博さん、表装が麻殖生素子さん、軸先が大樋年雄さん(11代)。箱書したのが坐忘斎家元である。当代は「私にとって大切なもの」と感慨深げにおっしゃった。
 本床の軸は鵬雲斎大宗匠の「一華披五葉」。これについても、当代は、一華は一家に通じ五葉は発展する様、と解釈された。極め付きは茶杓である。鵬雲斎から頂いたもので、銘「継父業」とある。まさに当代の心意気を感じる。つまり茶碗づくりだけにとどまらずアートの世界、デザイナーの世界へと飛躍していく心意気を言うのであろう。バスのデザインはその一例か。
 当代はまだ還暦前である。意欲がみなぎっており話の内容も歯切れよく洒脱にとんでいる。金沢文化を共有する知己も多い。この日の道具組を見ても、釜が金沢出身の彫金師・インテリアデザイナーの内田繁さん(2016年11月73歳で死去)、自在釣具が京都出身のコンセプター(正式にはマーケティングコンサルタントというらしい)坂井直樹さん。薄器は中次で線文を夜光貝で細工、落ち着いた光沢美を醸し出している。作者の山村慎哉さんも金沢出身で還暦前。
 主茶碗は前田家18代前田利祐手造りの大樋黒釉。4碗目に遠慮しがちに出てきた飴釉は陶冶斎(10代)と当代の合作、銘遠山無限、坐忘斎箱である。2碗目は故伊住宗晃さん手造りの飴釉で鵬雲斎の箱書がある、銘はない。3碗目は日本を代表するグラフィックデザイナー故田中一光さん手造りで銘光雲。
 水指は6代長左衛門作、飴釉海老耳付、銘不老。
 薄茶席は全体に大樋家の発展、存続を意識した拵えとなっている。
 以上が金沢陽春の茶会の顛末であるが、私が経験した茶会でこれまでになかった貴重な時間であったように思う。栃木から来たという隣のご婦人は「このごろは各地の茶会を楽しみに旅行しているんですよ」とおっしゃっていらした。「道具を買うことを思えば安上がりですものね」ともおっしゃった。「同感です」と私は応じた。
                       
                 2017年4月7日
                                                     (六敬庵主人
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