『諷意茶譚50 昭和は遠くなりにけり』
                                                    ななえせいじ

 平成29年が明けました。どうやら平成という年号は30年で終わりとなりそうである。天皇の生前退位への強いご意思に応えて政府はその方向に動き始めたようです。ふりかえって、昭和天皇は年を越してからご逝去されました。したがって昭和64年は一週間しかなかった。このご逝去が年内と年明けとでは年号変更に伴う社会混乱はいかばかりか想像にかたくない。いかにこの混乱を最小にとどめるか苦労したであろうことか想像に難くない。例えばコンピューターのプログラム変更などなどだ。
 これ以上、天皇のことを文章にするのは無礼と思います。83歳を越しておられますので体力的にも天皇のお気持ちがわかるのです。
 さて先ごろ、高齢者の年齢基準を65歳から75歳に繰り上げようとの答申がにわかに報道の俎上に上がりました。われら対象者は、平均寿命が延びたのだからさもありなんと早くも納得している。しかし、これには伏線があるという穿った見方もあります。元気な老人へのお墨付きと解釈するのではなくて財政逼迫の各種社会保険の費用負担に反映させるのではないかという見方である。確かに元気な一部の老人は病院を社交場にし、救急車を足代わりに使っています。
 一方には不良な若者もいます。未成年をいいことに悪さをする若者が確かにいるのです。そこで政府は20歳成人基準を18歳に引き下げようというのです。すでに選挙年齢は引き下げられていますので唐突とも思いませんが・・。
 前にも書きましたが、「心外無法」、つまり規律は法で決めるのではなくして人としての心で律するところの自然法がまず存在する必要があるのではないでしょうか。道路交通法のように年齢を動かして法令で示すのもいいが、それよりも社会に対する認識を正しく判断できる常識を備えさせる教育とか環境を整える方が大切ではないだろうか。
 年号がどう変わるものか神のみぞ知るであるが、いずれにしても昭和生れの筆者は「昭和は遠くなりにけり」との感覚を抱くのである。そこで1月も半ばを過ぎたので、鵬雲斎筆「老鶴万里心」(昭和64年正月7日)の掛け軸を外し紅心宗慶筆のものに代えた。この軸の後のほうは、西暦934年の拾遺抄から「色かへぬ松と竹との末の世を伊津蓮(いずれ)ひさしと君のみぞ見む」という歌を宗慶さんは書いている。解説によると松は女性、竹は男を意味するらしい。戦争体験者の宗慶さんはこの歌を写すことで昭和天皇の詠まれたお歌を心からいつくしんだのであろうと思いました。昭和天皇は敗戦の翌年、戦禍に苦しむ国民を励まされました。
 「降りつもる深雪に耐えて色かへぬ松ぞををしき人もかくあれ」
 この場合の松は常盤の松、国民のことだと解釈しています。
 昭和は遠くなっても、戦後は遠くならない。国民よ、戦争のことはいつまでも忘れてはならない。
 
長い間、駄文を書いてきましたが、諷意茶譚は50回を以て一応の区切りといたします。またの機会にお目にかかりましょう。ありがとうございました。 ななえせいじ
                       
                 2017年1月24日
                                                     (六敬庵主人
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