『諷意茶譚46 鷹無 平和 小鳥遊』
                                                    ななえせいじ

 札幌の大倉シャンツェを訪問したのは10月25日。展望台は思わぬ寒さであったがジャンバーを用意していたので苦はなかった。しかし雪は微塵もない。
 それからわずか5日後の30日、NHK杯ジャンプ大会が開かれた。高梨沙羅ちゃんが圧倒的な強さで優勝した。この5日間に大会関係者は雪を運び落ち葉が舞い散るシャンツェを掃除するなどして準備したのであろう。冬景色とは程遠いゲレンデをたちまち公式競技が出来るまでに仕立ててしまう設営技量には感心させられた。
 実は筆者は高梨沙羅ちゃんのフアンである。強いからばかりではない、しっかりしたコメントがいい。年齢からは想像できない落ち着きと風格、精神力に感じ入るばかりである。
 フアンの証というわけではないが、沙羅ちゃんをモチーフにデザインした風炉先がある。絵の心得がある茶道具屋さんに書いてもらった。今のところ自宅でしか使ってないが一応説明すると、雀が遊ぶ姿を表に描き裏側には赤絵の皿を描く。つまり、小鳥が安心して遊ぶのは鷹がいないからでこれは平和を意味するし、実際日本には小鳥遊と書いて高梨と読ませる苗字がある。この苗字の存在を知ったころに沙羅ちゃんがすい星のごとく現れた。その頃、伊勢神宮は遷宮準備のため宇治橋が解体されその古材が茶道具に生まれ変わっていた。結界になったり花置きになったりし、その時大々的に茶会が開かれ引き出物として配られたのがこれら茶道具なのだ。これを利用して風炉先をつくったというわけ。
 わが家では小鳥が遊ぶさまは平和の象徴と解釈している。
 これにも理由がある。マンションに引っ越して2年近くになるが、それまで50年近く田舎町に住んでいた。不便なところで、夏の間は草取り庭木の剪定に追われ難儀した。その分自然は豊かで、雀はもとより鶺鴒、雉、きつつき、鶯などなどが遊びに来た。地上では蛇、亀、がまがえるも来て越冬していった。時には狸も横切って行った。ところが蛇は曲者である。子供の希望を入れてインコを飼ったことがある。天気のいい日は鳥籠を藤棚にぶら下げたりする。ある日、あろうことか蛇が藤棚をよじ上って鳥籠に首を突っ込んでいた。インコのただならぬ騒ぎに女房が気付いて必死の思いで追い払った。
 籠の鳥は保護されているようで実は保護されていなかった。30年以上も前の話ながら我が家の語り草になっている。平和とは何かを考えさせられた。


 折しも日本国憲法発布から70年、戦争を放棄し平和憲法と呼ばれてきた。小鳥遊、鷹無、平和、高梨。この飛躍は平和を忘れつつある今日の世相からしても的外れではない。大空に向かって飛び出す沙羅ちゃんは平和のシンボルに見える。
                       
                 2016年11月8日
                                                     (六敬庵主人
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