『諷意茶譚44 秋は夕暮れ、野辺の秋』
                                                    ななえせいじ

 秋は茶会のシーズンである。10月に入ってそれが賑々しく続く。
 秋とくれば、古今集では夕暮れを詠みこむ。また月とくれば、夜半の月を詠みこむ。
 特に秋の夕暮れは、寂蓮の槙たつ山の・・、西行の鴫たつ沢の・・、定家の浦の苫屋の・・の3首が有名。これを三夕(さんせき)といっている。茶を嗜む人はこの歌に出逢ったことはあろう。また三夕は茶道具の銘になったり、これをモチーフに棗の蒔絵になったりする。
 10月早々、名古屋八事の料亭では遠州流当代家元の還暦茶会があった。そこで出会った茶杓の歌銘「色替」には野辺の秋が読み込まれていた。
 小堀遠州作、遠州蔵帳所蔵。
 「色替る 露をは袖に置まよひ うらかれてゆく 野辺の秋かな」
 新古今集秋の部、作者は藤原俊成のむすめとあるが、実際は俊成の孫で、母の八条院三条は俊成の娘でその夫尾張左近少将藤原盛頼が官職を解かれたため離婚、8歳の時祖父の俊成に養女として引き取られた。
 女性の涙(紅涙)を露に見立てうらがれてゆく秋と見まがうほど袖が濡れているといった女心の内を詠んでいる。悲しい人生を歩んだ作者の気持ちが現れている。この歌に派生歌がある。
 野辺の露は色もなくてやこぼれつる袖よりすぐる荻(おぎ)の上風(前大僧正慈円)
 還暦茶会は茶道具屋がわきを固め手際よく始まった。濃茶を済ませ薄茶席に回った。そこで家元と一緒になった。直接顔を見たのは初めてであるが、人格といい、品格といい、うじも育ちも良いとの印象を受けた。
 この日用いられた茶道具は言うまでもなくいずれも素晴らしい。
本席掛け軸は石渓心月の墨蹟、布袋画賛。
(石渓心月は中国南宋時代の臨済宗松源派の禅僧、径山万寿寺などの住持をつとめた、わが国ではこの法を大休正念が嗣いだ)
茶入は中興名物伊部、銘走井。(茶道名鑑参照のこと)
茶碗は遠州蔵帳所蔵、玉子手。(茶道名鑑参照のこと)
(ただしこれは遠州流2代目大善宗慶が内箱、11代宗明が外箱、遠州蔵帳の内、今は藤田家にあるらしい)
 他流の茶会に出るのは見聞を広めるうえでまたとない機会と思っている。茶道具に親しみ歴史を理解したい。温故知新。
 さて、次の楽しみは徳川茶会の16日である。(注=同茶会は10月9日から11月3日の土・日・祭日)
                       
                 2016年10月14日
                                                     (六敬庵主人
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