『諷意茶譚41 茶是長寿友』
                                                    ななえせいじ

 少子高齢化社会と一口にいうが、これは政治、経済、文化など社会の仕組みを根底から揺るがしていく。先の天皇のお言葉にもその憂いが感じられた。
 茶道界はもっと深刻である。青年部という組織があるが、加入年齢が50歳までというのも他の世界では考えられない。茶の道を趣味として50年、その顔触れは何年たっても変わらない。あの世にリタイアしていく人もいるから茶道界の所帯は小さくなるばかり。救いは平均寿命が延びたことで大年寄りは杖をつきながらも健在であることだ。そして若い人に君臨し、いつまでも先生と呼ばれ存在感があるからちょっと見には衰退したようには見えない。
 栄西禅師の茶書「喫茶養生記」に、これを摂れば人長命なり、とある。
 名古屋伏見の恒例の月釜茶会で正客に座った。
 5月の席主はなんと大正生まれの91歳のおばあちゃん。ご自分を、ばばあ、と表現していたが、どうしてどうしてその記憶力は抜群、寄り付きまで届く大声でよどみなくしゃべっておられた。
 気のせいか、席入りした時の花は少しうつむき加減に見えたが亭主の声に励まされてか、いくらか頭をもたげたように見える。茶席の花にも亭主の氣力が伝わったようだ。
 7月の亭主は喜寿を迎えたばかりというおばさん。足が悪く腰掛に座っておられたが、こちらは終始物静かな物言いで七夕趣向の席中を説明された。
 久世通俊(1669年没公卿)筆七夕歌7首がこの茶席のメインとなる軸で、久曽神昇(きゅうそじんひたく)さんの箱書がある。元愛知大学学長で国文学者、学生たちにクソガミと呼ばれていたそうだ。3年ほど前に104歳で逝った。
 茶是長寿友という。このように茶人は総じて長生きしている。
 筆者が還暦を迎える少し前、茶室を設えた自宅を新築した。ほどなくして定年を迎えたので身内を弟子に週一回教室を開いた。同学窓の多くも定年を迎え閑居に入った。そして間もなく学窓の一人が茶道の弟子入りを申しこんできた。月一回ながら念入りに指導した。噂を聞いて学窓の何人かが茶道の体験を願い出てきた。いつの間にか7人に膨らんだ。しかしいずれも物見遊山の興味本位であったため、長続きしなかった。あっという間に最初の一人になり、その彼も膝の故障を訴え辞退を申し出た。これすべて想定範囲内のこと。
 筆者と7人の学窓達との記念写真がある。その時の掛け軸がこれである。今、この茶友達は他の人も加えて年に数回ランチ会を開いている。学窓とはいっても、全員後期高齢者。中には浪人した人もいるから喜寿を過ぎている者もいる。しかしここにきて体力と気概に差が出てきた。いつの間にか音沙汰なしになる人もいる。誰かが筆者に、お茶をやってるだけに血色がいいね、といった。その時応えて、茶是長寿友、と応じた。
                       
                 2016年8月10日
                                                     (六敬庵主人
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