『諷意茶譚40 就活中の人にアドバイス』
                                                    ななえせいじ

 就活中の学生に参考になればと以下のことを書いてみた。
 後期高齢になった筆者のいうことなどは、時代が違うと、一蹴されそうだが、そのころの筆者は家庭の事情もあり、縁故もなく、とにかく雇ってくれるところがあれば潜り込もうとだけを考えた。その結果は中小企業。しかし世間に敗けて職場を転々とするはめになる。あの時代、一回の転職毎に自分の信用は落ちていく。再就職先は出来高払いの外回りの仕事しかない。それでも真面目を通したから3つ目の職場では神様のお導きがあったのかわりと水があった。わが社のホープなどと持ち上げられたが、今思うとブラック企業であったように思う。
 4つ目の会社で筆者は天職を得た。ブラックではないがアングラ企業の部類。以来その会社で35年余勤め上げるのだが、名古屋事業所で出会ったのが、尾張三河国奥殿藩大給松平乗友(尾張徳川家老)の子規綱(又日庵)につながる渡辺さんである。慶大出であったが出世にとらわれなかった。総じて優しい人だったし、いろいろ教えてももらった。数十年後の平成22年10月3日、裏千家11代玄々斎(又日庵の弟)生誕200年記念茶会が岡崎市のホテルであった。渡辺さんはもちろん招待されていた。その時少し言葉を交わしたが、89歳の高齢ながら元気そうだった。以来、お目にかかっていない。
 福井事業所には越前朝倉氏の末裔朝倉さんがおられた。当時筆者は名古屋にいたが、福井で朝倉さんはよく講演をなさっていたので指導してもらったことがある。世間体を一切構わない人だった。ある茶会で、越前朝倉氏ゆかりの茶杓を見て、あのごつい顔、それでいておっとりした朝倉さんを思い出した。
 話はとぶ。先ごろ直木賞が発表された。そこで思い出したのが山本周五郎さん。この人東京本社に大正12年から4年間在籍していた。食えない時代を過ごしたらしい。山本さんは勤務不良で馘首されてしまうが経歴から隠そうとしなかった。40歳の時、第17代直木賞受賞者に選ばれたが辞退した。後にも先にもこの人だけ。毎日出版などその後の他の受賞も辞退した。生涯無冠を通した。やはり山本周五郎は並みの作家ではなかった。
 いろいろ書いたが、これが就活とどう関わりがあるかって? それはね、自分の居場所は自分で見つけよ、ということ。ブラック企業でさえなければ、中小企業でも零細企業でも良い。さもなければニッチ産業も悪くない。世間体を気にするな、ネームバリューに囚われるな、真にやりたいことを見つけよ。
 そのためには、まず信用を積むこと。有名企業にこだわるとその企業の信用で生きる社畜人間になってしまうよ。もちろん、実力があれば有名企業にこしたことはない。しかしそれは巨体な象にくっついた虫みたいなもので自分の立ち位置を見失うことになる。それに近頃の大企業は冷たいよ。
 信用を積むって難しいことである。資格を取るのも一つ、直木賞ももちろんよし。それより前に、まず普通の人間がやれることをしっかりやろう。例えば、約束を守ること、流行を追わないこと、自分の能力を見極めること、能力以上の借金をしないこと、自分を過大評価しないこと、などなど。
 就活中の学生よ(再就職も含め)、確かに名刺一枚で信用してもらえる有名企業は楽なことは楽であるし、親も自慢してくれようが、企業の寿命は100年持たないことも知っておこう。つまり今が旬、今が絶好調の企業は選ばない方がいい。老婆(爺)心ながら、老舗の中小企業のほうが狙い目ではないかと。山本周五郎さんを参考にしてほしい。
                       
                 2016年7月27日
                                                     (六敬庵主人
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