『諷意茶譚39 納涼茶会は滝でもてなす』
                                                    ななえせいじ

 7月の端から茶会が続いた。いずれの茶席の設えにも涼を工夫したであろう気苦労が見て取れる。この場合、頻繁に登場するのが滝である。
 寄り付きに水量豊かな瀑布の絵がかかる。これなどは絵そのものが物を言うからわかりやすい。いつだったか細仕立てで絵はなく遠慮がちに字句が認めてあるだけの軸を見た。意表を突かれてなにこれ?と思ったが、よくよくその字句を読むと、音なしの滝・・とある。滝を書かないことで滝を連想させる。
 柳橋での月釜では、「となせの滝」という銘の茶杓が出た。亭主の説明では、今はないが名前だけが残っている、とのこと。調べてみると、戸無瀬の滝と書き、嵐山から流れ落ちる滝をこう表現したようだ。
 百人一首に、滝の音はたえて久しくなりぬれど名こそ流れてなお聞こえけれ、というのがある。和漢朗詠集を編んだ大納言藤原公任の作。自分を滝になぞらえて、人は亡くなっても後世に名を残す、と詠った。ここにいう滝は京都洛北の大覚寺滝殿のことであるが、公任が詠んだ時にはすでに枯れていたらしく名こその滝として今に名を残している。
 毎年恒例の朝茶会は3日にあった。場所は上飯田の料亭。その濃茶席の軸は大きな床の間に釣り合わせて左右に2幅掛かり、いずれも裏千家11代玄々斎筆で黄金の滝水を以て之を書く、とある。向かって右側は「一泓清可掬」(いちおうきよし、きくすべし)、左側は「皎如玉樹臨風前」(きょうとしてぎょくじゅのふうぜんにのぞむがごとし)。しかも文字は濃く書き淡く書きしてある。正客に座られた元徳川美術館副館長さんはこの軸を前に文字の変化を楽しんでおられた。今年88歳になられたそうだ。
 さてその意味するところは難解である。亭主は鼻から説明する気はないし、客のほうも字句を絵くらいの感覚で見ているから気にしない。玄々斎という名前から受ける重量感と黄金の滝水という清涼感で十分満足している。加えて銘氷室というお菓子で客の口は塞がれている。
 一泓清可掬はそこに豊かな清らかな水があるのだから掬ってみたら、という意味らしい。
 皎如玉樹臨風前は杜甫の飲中八仙歌にある。あきらかに風前の美しい樹のごとくだという意味。この詩句は、宗之瀟灑美少年(宗之は姿美しく美少年)、挙觴白眼望青天(盃を挙げて疑いの目で空を見上げる) に続く。宗之は八人の酒豪家の一人。こうして杜甫は8人とも七言古詩(決まりにとらわれない自由詩)にして飲中を形容した。八人の中には李白もいる。
 実はこの字句は、以前茶道具屋の茶会で目にしたことがある。その時の強烈な印象が記憶にあったのですぐ飲中八仙歌と分かった。
 七夕の7日にも茶会があった。席主は表千家の人。七夕に因んで、呉羽、綾羽という茶杓が登場した。中国から住吉の津に渡来した呉王差し向けの織物技術者の名前がこれ。呉服の語源になったり、呉羽紡績という企業名にも関わりがあるらしい。一つ利口になって席を立ち氷柱の廊下をわたり点心席に向かった。今日の茶会はこれにておしまい。
 寄り付きに掛かる俳句を以て本号を結ぶとしよう。
 あふ夜とてめでたき星の光かな  樗良(ちょら芭蕉の弟子)。
                       
                 2016年7月14日
                                                     (六敬庵主人
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