『諷意茶譚32 うすれゆく「家元は親」の教え』
                                                    ななえせいじ

 今 茶の湯の行事とくれば当然ながら自派家元の軸が喜ばれる。しかし大寄せの流派混然とした茶会となれば、まず家元の軸は掛けにくい。
 家元は親、同門は兄弟の教えに従って、かつて筆者は家元の軸に執心したものだが、決してその軸に心底惚れ込んでの購買行動ではなかったような気がする。数寄が高ずれば心のありようも変わるというものか。
 ここのところ、あちこちの茶会に出かけてみてそれがわかった。つい先の2月、名古屋の料亭であった茶会では「徹書記」と銘打った軸が掛かった。東福寺にまつわる室町中期の臨済宗の僧、備中正の筆である。冷泉為秀に師事、東福寺の書記をつとめていた人という。「春霞たてるやいずこみよしののよしのの山に雪はふりつつ」とある。
 同じ料亭で月を超して3月終わりごろ、抹茶でなくてコーヒーによる茶会があった。趣向が面白い。メインの席では抹茶の代わりにコーヒーを茶筅で点てる。その時亭主は正座でなくして室町時代までこうだったといって胡坐(安座)をかいていた。出された茶碗も並みのものではない。使用された茶碗は桃山時代の黒織部、唐物の禾目天目、黄天目などの茶碗。菓子器は川喜多半泥子の手造りでそろえられた。茶杓が面白い。閑翁宗拙作とある。席主をつとめられた大前さんの説明によれば閑翁は宗旦の子ながら異端児で家柄筋に登場しない人とされるが、いくらか茶には興味があったらしく後世に残っている内の一本という。さすがにNHKの茶の湯の講師である。掛け軸は俊成筆、和漢朗詠集の「日野切」である。歌は「春霞たなびく山の櫻花・・」とほかもう一首。
 3月は豊国神社でも懸け釜があった。こちらは2席とも裏千家の人が席主であったが家元の軸は登場していない。
 小間の方の軸は沢庵筆「一心不生萬法無咎」の横物。邪悪な心を持たなければ万事お咎めなし、という意味らしい。
 広間の方は藤原良経(九条良経)の古今和歌集。歌は覚えていない。
この人は百人一首の「きりぎりす・・」の歌で有名。
 このほか、最近までで目にした軸は、藤原佐理の「紙縒切」(こよりぎれ)というのがあった。字面が紙縒りのようだからという理由でつけられた。
 もう少しさかのぼって、昨年末ころであったと思うが、源俊頼筆の「経裏切」というのを拝見した。書かれていた古今集巻18(訪ふ)の2首は次のようである。
「我が庵は三輪の山もと恋しくはとぶらいきませ杉たてる内」
会いたければ杉の戸を目印においで、という意味らしい。この時代は男が女のほうにかよった、ようだ。
「いざここに我が世はへなむ菅原や伏見の里の荒れまくも惜し」
 もう少し前の茶席では藤原俊忠筆の「二条切」というのがあった。
「秋風の木の葉吹き入る竜田川水ともみえず色替わりして」

 これらは皆、高尚な和歌を軸にした切れである。古筆には古筆鑑定を生業とする人によって、例えば大鏡のように収録配列を大体決めていた教科書が登場した。表紙と裏表紙では順番が明らかに違う。表は天皇(宸翰)、親王、摂家、平公家、歌人の順であるのに対し、裏になると経典、名人、書道家、法親王、高層、連歌師、武家、女筆と続くようである。
 茶会から得た知識は多少なりとも次の茶会を楽しいものにしてくれる。

                       
                 2016年4月9日
                                                     (六敬庵主人
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