『諷意茶譚31 淡交会記念式典』
                                                    ななえせいじ

 淡交会の愛知県内のある支部が創立30周年を迎え、その式典が先ごろあった。
 地区連合会長ははじめ健康上の理由で姿を見せなかったが、「これが最期」と笑わせながら飛び入りのような格好であいさつに立たれた。式典というのは型式通りに進行するものだから面白くないが、この会長の場合は本音を言うから聞いてみたくなる。
 その一部分を取り上げてみると、衝撃は「茶道は衰退していく」とはっきりおっしゃったこと。まったくその通りと思った。だが、業界の要職にある人が歯に衣着せずにはっきり言ってのけたことに意義がある。何よりもこの指摘を居並ぶ会員はどう受け止めたかである。
 会長は、特に青年部の強化を訴え、男子会員の参加を呼びかけた。
 実は筆者も前々からこの点に思いを馳せている。本部に提案したこともあるが、まったく相手にされていない。会長のような財界人でもないし、全くの無名のしがない数寄者にすぎないから当然であろう。
 つまり思いのあらましはこうだ。純粋な男子グループを組織したらどうか、というもの。女人禁制の道場を作り、稽古費用は安く先生も男子が賄う。年に数回は公共施設を借りて茶会を開く。男子であれば中学生以上ならば年齢を問わず、学生、社会人、外国人、誰でもいい。おそらく始め男は、女がするようなことに・・と敬遠しようが、継続は力なりでそのうち参加者も増えてくるだろう。きっと外国人から増えるだろう。茶道界に黒船到来となるや、も知れない。
 なぜ、男子なのだと? 男女機会均等の時代なのに、この世界は極端に男子が少ない。少ないから男は委縮する。この緊張により手付きもぎこちない。男子の沽券にかかわるとばかり奮い立っても心と肉体のバランスが悪いからうまくいかない。仕事もあるから、こんなに緊張するならもう行かない、ゴルフのほうが面白い、となる。それでも頑張ってどうにか続けたとしても、上の方の点前になればなるほど今度は年かさの女子たちとの苦闘である。厚かましい男なら女性に囲まれれば悪い気はしないかもしれない。男はそのように対女性には強くも弱くも両極端に分かれる。男はそういう性にある。家元はいかがなものだろうか。こうした性を汲んだ組織の在りようも必要ではないだろうか。
 茶道を日本の文化という視点でとらえれば、外国に向かってもっともっとアピールし男子をもっと取り込む時ではなかろうか。
 実は男の人ばかりの茶事に招かれた。亭主は茶飯釜に凝っていて、時々この趣向で友人らと茶会を開くのだそうだ。筆者は初めて招待された。
 お茶っていいな、と思った次第だ。
                       
                 2016年3月28日
                                                     (六敬庵主人
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