『諷意茶譚29 初釜を梯子する』
                                                    ななえせいじ

 我が家の年のはじめは初釜で始まる。毎年恒例のこの行事は子供と孫たちを招いての初釜である。長男は仕事の都合で元日にしか予定がつかない。元日の後は3日にも行う。娘の家族のためである。婿さんは金沢の実家の父親のことで埼玉の兄と打ち合わせをする必要があるため暮れに帰郷したが戻るのが2日というので3日に行った。
 75歳になった私は、普段は子供や孫に年寄り扱いされているが、茶の湯に関しては家族に一目置かれているので自由に思いのままにできる。まず軸を何にするかで迷ったが、自分を亀に例えてみて「萬歳緑毛亀」にした。書いた人は書家で随筆家、画家、歌人でもあった津田青楓。我が人生、鶴のように華々しく飛翔はしなかったが堅実に生きてきたつもりである。齢75ともなれば甲羅に緑の苔も付着してこよう。子供や孫に感謝の気持ちもある。
 手前みそはこれくらいにして、次の初釜は6日。会場は料亭。濃茶の席主は茶会に広く知られている数寄者。主茶碗は名碗とされる瀬戸黒、銘山姥。幸運にもこの茶碗でいただくことができた。この数寄者は父祖の代から松尾流との交流が続いているものらしく随所にその関連の道具が登場した。例えば、松尾流が流祖楽只斎(らくしさい)の塑像を修理するに伴い関係者から寄金を募ったことがあった。その時お礼に差し出したのが弘入作の木賊絵皆具。弘入の没年が昭和7年だから計算上90年位前の作品ということになる。今もって新品同様の肌合いを保っていて美しい。
 翌7日は有名な茶道具屋さんの初茶会。招待客ばかりが集う。実際にお点前でかなりの高額品が使用される。気持ちよく抹茶をいただき主人の講釈を聞いた後で今使ったばかりの道具の価格表が回される。買いたいと思うことがあっても買えなかったというのが正直な気持ちである。それでも何か買わなくちゃ、との買い気をひきだすのがこの茶会の狙い。
 9日はわが師の初釜。50年も通っている。この間幾多の紆余曲折があった。多くは書かないが、昨今の茶道会の現状をわが師の茶会に垣間見る。つまり少子高齢化社会そのまま。年寄りはこの世から欠けていき若者は趣味の選択肢が多すぎて茶道は後順位になっている。個性が珍重され礼儀作法の大義名分もなくなった。目の前にいる先生でさえ口うるさい年寄りにしか見えない。
 11日は茶道教室の仲間が掛けた初釜。気の置けない仲間たちであるから楽しくないはずがない。点心席ではあの人この人の消息が囁かれるが逆にあの人どうしている、と聞かれる。これも茶道の余楽ということか。
                       
                 2016年1月19日
                                                     (六敬庵主人
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