『諷意茶譚24 平瀬家から富田家への合甫』
                                                    ななえせいじ

 先ごろ、今日庵老分の富田和夫氏主催の茶会が名古屋の料亭であった。氏は茶道裏千家愛知支部連合会の名誉地区長である。しかしながら高齢の身とあってこの日体調を崩しお姿をお見せにならなかった。かわりに息子さんがその任に当たっておられた。事業の方も息子さんに譲っておられる。
 茶会は時間制限をもうけゆったりしており、途中、横笛の出し物があった。
 この茶会のお目当ては何と言っても富田家秘蔵の重文三嶋刷毛目茶碗「合甫」(がっぽ)である。
 茶席に入るまでの寄り付きで中年の男が係の女性に声をかけていた。
「きょうはお手伝いかね」
「あ、○○さん、そうなのよ、ここのところ大変だったの」
「たいへんって?」
「なにせ重文でしょ、他の道具もあるから移動がたいへん、保険をかけたり、神経使うし疲れるわ」
「お点前で使うの?」
「そんなわけないでしょ、荘ってあるだけ、○○さん手にとっちゃだめよ」
 子供が言われるようにたしなめられていた。
 合甫は高麗茶碗、小ぶりで白の釉薬が厚く刷毛で塗ってある。銘は大阪の粋人平瀬露香が付けたといわれる。合浦は中国最南端、ベトナムに近い真珠の産地として名高い港。合甫は、その港合浦に結びつけたものらしい。
 茶道辞典によれば「白刷毛釉が厚く刷毛目も鮮明で内側の浸みがさらに風情を添えている」とある。
 濃茶喫茶後はこの知識をもってとくと拝見した。確かに真珠のイメージとぴったりである。かつて富田氏が自身の記念に合甫を写して配ったことがあったらしく、時々市井の茶会にそれが登場する。所詮、写しは写しでしかない。いかに本歌がすばらしいかが実際に目にして分かるのである。
 茶碗とか茶道具がどのように値打ちされるか分からないが、少なくとも一つは歴史の審判をかい潜っていなければならないだろう。その審判者は名だたる歴史上の人物か、権力者か、芸術文化に優れた人か、茶人か、僧侶か、つまりは道具そのものの出来より関わりを持った人により箔がつくというものだろう。
 合甫の場合、新品であった頃の状態は想像できないが、少なくとも年輪を重ねてきたことで重みを増し、白であって白でない深みが醸し出す奥ゆかしさがいい。誰の目にも逸品であることは間違いない。
 茶道辞典には大坂の平瀬露香旧蔵とある。これが将来、富田家旧蔵となったとしても名古屋のお宝であってほしい。
 平瀬露香(1908年没)は大阪を代表する財界人で日本火災保険社長、第三十二銀行頭取(浪速銀行後の変遷を経て現三井住友銀行)他を務めた。酒は一滴も飲まなかった。妾宅を一方庵と名付け財界人や芸人を招き粋な遊びをした粋人。

                       
                 2015年10月18日
                                                     (六敬庵主人
生々文庫目次に戻る
最初のページに戻る