『諷意茶譚23 yesか noか』
                                                      七重誠治

 さまざまなことが想い起こされるこの頃である。
 自民党総裁選で安倍さんが無投票で再選された。3年の任期がはじまる。安倍さんの強引ともとれる政治手法は、なお道半ばとするアベノミクスに対する信念の裏返しであろう。国民の平和と安全を護るとして、この道筋をつけるためには再選される必要があった。果たしてこの先、吉と出るか兇と出るか、神のみぞ知るである。ただ一つはっきり言えることは、国民の多くが、良からぬ方向へ予感していることである。つまり、最大多数の最大不幸を予感し、平和からのわかれを予感していることである。
 先ごろ、YESからはじまる物語、なる奇妙な茶会があった。茶道具屋の若手3人が企画したこの茶会は今年で3回目と言う。この3人が、はじめ提唱したのが、今から数年前の「スローライフ」をテーマにした茶会。
 この時、筆者はスローライフと言う言葉に強く惹かれた。なぜ、日本人はそんなに急ぐのか、との疑問から深く共鳴した。茶会席の空間はまさしくスローライフそのものである。例えば数百年前の茶道具が忽然と登場する。このタイムスリップこそがスローライフなのだ。しかし、茶席を一歩出ればせわしげなる現実がある。そんなに急いでどこへ行く。まして政治家においておやである。
 さて、茶席に入ってまず目についたのが、YESと刻印された白磁の函が床の間につるされてある。畳床には花はない。これが深い謎を投げかける。つまり、花は種から育ててくれ、そしてその種は一期一会の皆さまの友愛の心にある、というわけだ。分かりやすく言えば、この先もわたしら道具屋をご贔屓にしてください、と茶席に名を借りた営業であるかのようだ。
 筆者はYESを拝見して、まず思い至ったのは、古い人間とお思いでしょうが、先の戦争でシンガポール攻略時に陸軍大尉山下泰文が敵将イギリス軍司令官に、イエスかノーかと降伏を迫ったという話。長い間、山下泰文が敵将を恫喝したものと理解していたが、これが間違いで、実際はへたくそな通訳にいら立っていた山下の様子を新聞報道が脚色したものらしい。
 YESは是である。軸語には是と言う文字が良く登場する。「是が非でも」と良く表現されるように、この場合、是(YES)を強調し非(NO)を矮小する意味合いで用いられる。是非にと言われれば、YESの意味合いが強い。しかし、YESかNOか二者択一の場合は5分5分であろう。
 今年は戦後70年の節目である。今の政治家に当てつけるわけではないが、山下泰文の遺した遺言ともいえる文章の内容について触れておこう。
 「戦後の日本建設にはわたし達のような職業軍人、阿諛追随せる無節操なる政治家、侵略戦争に合理的基礎を与えんとした御用学者等を断じて参加させてはならん」と。そして復興のモデル国家としてデンマークを上げている。対ドイツとの戦争で肥沃な土地を奪われながらも武力を断念して自助努力で不毛の国土を欧州随一の文化国家にした、と感銘している。
 ここに至って日本は、もはや是非もないでは済まされない。是々非々で臨むと言っていた政治家も当てにならない。NOと言える日本人の結集しかない。
 以上は、茶会席YESから発想した雑念である。

(写真は薄茶席の掛け軸より、沢庵和尚の我が身には心の花の、などさかぬ・・と烏丸光廣のたねは心の 花に咲かせて・・の合筆)
                       
                 2015年9月12日
                                                     (六敬庵主人
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