『諷意茶譚21 名古屋城、如春庵「田舎家」 再現への道』
                                                      七重誠治

 先に姫路城のことを書いた。その中で明治維新となって間もなく新政府が名古屋城と姫路城を修復保存するように山縣有朋をうごかした、という話。何もこの二城にとどまらない。当時全国に重文も含め国宝級のお城が沢山あった。この二城はいわば代表格であった。
 今や日本の城は世界に誇りうる歴史的建造物である。犬山城、松本城、彦根城、松江城 (以上国宝)等々現存する天守を頂くお城が全国に12ある。
 名城名古屋城は先の大戦で焼失してしまったからこの数に入っていない。戦後再建されたとはいえ鉄筋造りである。ところが世の中、もったいないを皮切りにものを大切にする風潮が高まり、それが文化となってこの頃では古い町屋家屋が見直されている。城おたく、れき女、などが登場し世界的に城フブームがおこっている。誇りにしたい名古屋城が鉄筋とあっては市長の河村さんも肩身が狭かろう。そこで河村さん、かつての名古屋城の雄姿を木造で再現しようと思い立った。確かに現在の城は、外観は立派でも中身は味気ない。尾張名古屋は城で持つ、と謳われたほどだから、幸い設計図が残っているというのなら再現してほしい。対比するにはいささかふさわしくないが、東京オリンピックの競技場に膨大な予算をかけるという話に比べれば、こっちの方は世界からやってくる観光客で半永久的に稼いでくれるに違いない。「ナゴヤ知らないけどトヨタに行きたい」とする外国人観光客の目を名古屋へ向けさせたい。
 話が変わるが、再現話で名古屋市教育委員会が近代屈指の茶人森川如春庵の茶室「田舎家」を再現しようと基金を募っている。以前にも市博物館で「茶人のまなざし、森川如春庵の世界」と銘打って如春庵の蒐集した茶道具を展示して基金集めの茶会が開かれた。昨年だったか、一宮市の森川邸を使って裏千家のある支部が茶会を開いた。
 名古屋市が保存しようとしている茶室「田舎家」は如春庵の別邸(千種区菊坂町)にあったもので一宮の本宅とは違う。その部材はいまも大切に保存されているというのである。
 このように、寄付金、茶会頼りながらも、塵も積もれば、のたとえ再現の可能性は日を重ねるごとに高くなっている。
 余談ながら、如春庵と益田鈍翁は昵懇の間柄。鈍翁のほうが40歳も歳過さであった。三井物産の初代社長で実業界に身を置いていた鈍翁は如春庵を孫ぐらいにしかに思っていなかっただろう。その鈍翁に如春庵は「あなたは金力で買うが私は眼力で買う」と言って憚らなかったとか。如春庵は一宮市(当時葉栗郡)の土地資産家、茶会を生涯3000回開いたという遊び人数寄者。たしかに光悦の手造黒茶碗「時雨」を目利きした眼力は高く評価されている。恐らく全国ネットの鈍翁の目には生意気な田舎小憎ぐらいにしか見えなかっただろう。
 近代の文化史において貴重な茶室と言うのだから、名古屋城の再現と合わせ実現を期待する。とはいえ先立つものは金であるから、あわてずゆっくりでいい、コツコツ、地道に勧めてほしい。
                       
                 2015年7月24日
                                                     (六敬庵主人
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