『A諷意茶譚  平蜘蛛釜と松永弾正久秀
                                                      七重誠治
  名古屋地下鉄東山沿線、末森城山八幡宮内茶室洗心軒。毎月23日、茶席が設けられる。表千家の茶室を覗いてみた。
 季節の変わり目、炉の名残りとあって平釜が懸けられていた。あの信長が松永弾正久秀に降伏の証に差し出せと命じた、とされる平蜘蛛タイプの釜である。亭主はこれについてそれとなく口にされた。
 この逸話は有名である。大河ドラマ「軍師黒田官兵衛」の中でもこのくだりが放映された。信長に反旗をひるがえした弾正は、攻められ劣勢に陥った。意固地になった弾正は、この釜だけはどうあってもわたすものか、と信貴山城もろとも爆死する。実は、一度は信長に降って付藻茄子(しらが首茄子)茶入を献上している。信長を田舎武士と見て侮ったようである。ために人質に出していた孫二人は京都六条河原で処刑されてしまう。武士の面目とはいえ理解に苦しむ。
 この話を現代人は潔いと感じるだろうか。もしそうだとしたら、集団的自衛権を容認してしまう心理に似ている。
 軍師黒田官兵衛は、戦わずして勝つ、とした孫子の兵法が要にある。官兵衛(後の如水)は、上善は水の如し(老子)を信念とし、隠居後の生きざまも戦いのない世の中を理想とした。
 忌野清志郎が亡くなって7年になる。憲法記念日に合わせて、NHKが太田光との過去の出会いの場面を放映していた。忌野が太田に言う。政治に関心がないようなことを言っていると自分たちの子供が戦争に駆り出されてしまうぞ、と。太田にはこれが心の重りとなっている。
 信長が天下統一の理想の世を目指して天下布武を掲げ、傍目には無鉄砲と思える行動を重ねるが、片や畿内を統一しつつあった松永弾正は、都や朝廷に近いという思い上がりから信長を軽視し、無鉄砲な行動をしてしまう。これこの時代は都か田舎かといった地理上の偏差地のなせるものであった。
 同じ時代にもう一人、無鉄砲をしてしまった武将がいる。荒木村重である。彼もまた、信長に仕えながら、疑心暗鬼から謀反に奔ったため一族郎党は処刑されている。ひとり村重自身は毛利家に亡命生き延びている。後に秀吉に拾われ、茶人として荒木井戸(茶碗)などに名を残すが、およそ茶道家に似つかわしからぬ邪道を生きた人である。
 そこで現世であるが、地球の至る所で紛争の火種があり、危険な状況にある。平和憲法を持つ日本、戦争に巻き込まれてほしくない。安倍さん、松永や荒木のように無茶に奔らないでほしい。戦争行為は、いかなる理屈の下でも悪であり、悪と思うことが正義である、と思うのだが・・。            
                       
                  2014年5月13日
                                                     (六敬庵主人
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